「日本社会には危機管理能力が決定的に欠けているのではないか?」

この問いは、1995年に起こった三つの事件の経験から生まれました。14年前の今日発生した阪神淡路大震災、多くの犠牲者や未だ後遺症に悩まされている被害者が発生した地下鉄サリン事件、ずさんな経営による銀行倒産。日本社会の「安全神話」が崩壊したこの年を境に、6年をかけて日本のリスクマネジメントの専門家が知恵を集め、2001年には「リスクマネジメントシステム構築のための指針」(JISQ2001)」が開発・発行されました。

この規格は、社会的要請と経済的ニーズとのバランスをとって個々の組織(企業・自治体など)及び社会全体をリスクに適切に対応できるようにしていく(いいかえれば日本社会に危機管理能力をつける)というミッション(社会的使命)を掲げながらも、発行後ほとんど活用されていません。

直接的な原因は、ISOのような「認証規格」ではないことによります。また日本で既に2万事業所以上が認証取得しているISO14001(環境マネジメントシステム)には、リスクマネジメントプロセスが組み込まれていますが、「環境側面」「緊急時への準備及び対応」「コミニュケーション」など、そのように教育・運用されていない場合がほとんどです。

この連載では、「リスクとは何か?」「何のためにリスクマネジメントするか?」というイロハから考えて、企業経営に役立つ「リスクマネジメントの勘どころ」をお伝えします。

「臭いものにはフタ」はリスクを極大化する。~先ずはリスクを直視せよ~

一昨年から、労働安全衛生法に基づく「職長教育」のカリキュラムに「リスクアセスメント」が加えられました。

建設現場ではおなじみの「KY(危険予知)活動」も、リスクアセスメントプロセス(分析・評価)を含みます。昔からすぐれた職人は後ろにも目がついている」と言われてきました。現場に立てば、瞬時にリスクを分析・特定し、評価を行う、役割に応じた的確な指示を出します。

KYであろうとアセスであろうと「KY報告書を出せと言われているから」「アセスに時間がかかって指示を出す間がなかった」では話になりません。朝礼前の雑談での話しぶりや顔色から健康判断や精神状態を判断せずに、適正な人員配置や役割分担はできません。

時には予定任務から外す、場合によっては現場から排除するといった決断も求められます(リスクの回避)。リスク低減措置のひとつ「安全教育」で難しいのは、本人に安全意識が無いことです。自分を護る意識のないものに、刻々を変化する状況の中でリスクの発見などは望むべくもありません。

「KYは毎日やっているし、防護具も装備した」だけでは大事故につながります。また、ベテランの場合でも工期の無理な短縮や人員の不足から、過度の労働強度による疲労やストレスが事故につながるケースが多発しております。

このようにリスクは多様で、重層的・連続的であって、対策も論理性(原因→是正処置→予防計画→効果の確認)が問われます。

はっきりしていることは、「臭いものにはフタ」「喉元すぎれば・・・」の態度はリスクを極大化し、「無意識=無責任」の方程式は重大事故の温床だということです。