「リスクの保有」

リスクの低減や回避、移転などは説明できても、「リスクの保有」を理解してもらうことは容易ではない。大げさにいえば「価値観の転換」を要求することになる。

リスクマネジメントも基本的には「トップダウン」のシステムであるから、企業のトップマネジメント、すなわち代表取締役や取締役に、この価値の転換をまず求めることから、リスクマネジメントシステムの導入がはじまる。

リスクに対する感受性は、トップが高く現場は低いとは限らないし、逆に現場がすべて現場のリスクに敏感とも限らない。逆説的に聞こえるかもしれないが、リスクに敏感な人(安全に責任の持てる人)ほど「リスクの保有」の意味は理解しやすい。連載のはじめにも述べたように、「臭いものにはふた(蓋)」の習慣はリスクの存在を「忘れたい」という願望であって、「リスクの保有」とは全く関係がないのである。

いいかえれば、「リスクの保有」は責任感とある意味で「勇気」がいる行動であり(すぐにはそのリスク要因には何も対処しないという勇気と責任と信頼)、組織や地域社会は人が運営するというあたりまえだが忘れられがちなことを、今一度自分にも他人にも確認しあうことが必要になる。

わかりやすい例をあげてみる。95年の阪神大震災のとき、一人暮らしの老人が倒壊した家のがれきの中から、近所の人たちのすばやい行動で助け出されたという報告がいくつかあった。隣人たちは、普段からこの老人がどの部屋で一人で寝ているかを知っていたから(リスクの保有)、老人ホームに追いやらずとも(リスクの回避)、またこの場合はもっとも人道的でも合理的でもない「生命保険」に依存せずとも(リスク移転)、もっとも人間的なかたちでコミュニティの底力を発揮することができたのである。

この場合の「リスクの低減」措置は、ハード面では老人の住む家に耐震補強をするということや、ソフト面では親戚が同居する、近所で避難訓練を行うということになるが、いずれも実現可能性は低く(費用対効果も低く)、リスク保有によっても十分効果的な緊急時対応ができたという例である。